still there, but not same as before
ラクダでサハラ砂漠を横断したいという夢を持ち、大学卒業が決まると卒業式も待たずにサハラに出掛けた。まずはニジェールからモーリタニアまで、ヒッチハイクで自分の目でルートを調べ、その途中、1年で最も暑くて乾燥した5月初旬に、マリのトンブクトゥからアラウアン往復の約500km、ガイドを付けラクダで旅をしてみた。 トンブクトゥ〜アラウアンのラクダ行は、僅か2週間弱だったが、ラクダでのサハラ横断は十分可能だという感触を持てた。しかし、アラウアンに着く前にひどい砂嵐でラクダを1頭失い、3人で2頭のラクダに乗って帰ってくることになったり、砂漠の恐ろしさも身を持って学んだ。 そこで旅の反省を踏まえ、まずは1年間掛けて、ラクダの扱い方や砂漠での暮らしを学ぶことにした。 そしてアラウアンへ
へそ曲がりなので、滅多に桜の写真は撮らない。 しかしこれは撮っておきたいと思った。 恐らく今年最初で最後の桜写真のアップ(笑)
2泊3日の中国江蘇省出張。タイトなスケジュールで観光できたのは、2日目の夕食の前のたった15分間だけだった。連雲港開発区の海岸に車を止めてもらい、空の色が変わっていく中を散歩。道端で海産物を売る人たちは、カメラを向けても嫌な顔をせずにっこり笑ってくれた。短いけれどとても幸せな時間を過ごせた。
昨晩、娘が「明日の朝食はカフェに行きたい」というので、朝早くから開いているカフェをネットでチェック。しかし多くの店は10時開店。結局行くことにしたのは、いつものスターバックスw。妻と息子は自宅でのんびりしている方がいいというので、今朝は娘と二人で朝のドライブ&ブレックファースト。 昼食は、娘が(豚肉を食べないので)まともなラーメンを食べた記憶がないというので、私がラーメンを作ることにした。妻にそれを伝えると「折角のんびり出来ると思ったのに、仕事がすごく増える」と大袈裟に頭を抱えている。私が料理すると「ザルはどこ」「菜箸とって」と自分が料理するより仕事がずっと増えるという。「料理に使う道具も無駄に多いし、片付けるのも数倍大変」確かにそうかも知れない・・・...
のんびりした土曜日。 子供たちはそれぞれの予定で外出。妻とふたりきり。少し外出もしたが、長い時間、居間でふたりでミントティーを飲みながら、いろいろなことを話して過ごした。 あと何年かすると子供たちが巣立ち、毎日こんな日々になるのだろう。少し寂しいけれど、子どもが独り立ちしてくれることの喜びの方が遥かに大きい。妻と二人で冗談を言いながら過ごす人生も悪くない。
結婚して最初の10年、セネガル、マリ、ブルキナファソなどアフリカで暮らしていた時、どこの国でも、妻は結婚前の仕事だった識字教育の場を探し、女性たちに嬉しそうに字を教えていた。そのために、よくテキストを読んだり、準備に何か書いたりしていた。 しかし日本で暮らすようになってからの数年間は、せいぜいメールを書いたり読んだりするくらいで、妻が本などを読んでいるのを殆ど見たことがなかった。目の病が少しずつ進行し、字を読むのが辛くなっていたのだろう。...
日曜の朝、部活に娘を送り、終わるまでミスタードーナッツでのんびり。カフェオレの中に、冬の終わりの弱い陽射しと木立ちが映っていた。
家族4人2泊3日で京都へ行ってきた。京都は、1996年から2001年まで住んでいた懐かしい町。しかし5年住んでいたと言っても、その間にフィールドワークや海外赴任があり、実際に住んでいたのは2年くらいだろうか。それでも、京都は娘が生まれた妻や息子の大好きな思い出深い町だ。 3月末から4月初めといえば、例年なら桜も満開か遅いくらいだが、今年は4月に入ってやっと咲き始めたばかりだった。鴨川沿いの桜が見られなかったのは残念だが、車の渋滞は思った程でなく移動するには助かった。 ...
アラブストリートは最初は21時過ぎに訪れてみた。しかしいくつかの飲食店以外は閉まっていた。そこで最終日の午後早い時間にもう一度訪れてみた。夜と昼では、かなり印象が違っていた。昼はかなり観光客が多かった。しかし地元の人達が寛いでいるカフェもあり、結構居心地が良かった。 (9, 10